アンチゴッド

p75
悪事の約束には偽誓も美徳となる

p163
復讐や破廉恥な肉欲の衝動によって行動している人間というものが、他人の苦痛をよろこぶことができるなら、単なる自尊心の満足や奇怪な好奇心以外に別に動機らしい動機もなくして、同じ快楽を味わえるほどに強につくられた別誂えの人間というものが居たっていいはずだ、という冷酷な事実を思い知りました。
要するに、人間とは生まれつき性悪なのです、逆上しているときと冷静な時とを問わず、そうなのです。いつの場合においても、だから相手の不幸は当人にとって、呪いに満ちた快楽になるのです。

p176
たとえばある人がせっせと美徳を積んでいるあいだ、別の人がさんざん悪事にふけっていたからと言って、髪の秩序が維持されることにはなんの変わりもないわ。髪にとっては、悪徳も美徳も同等の量だけ必要なの。善を行使する個人も、悪を行使する個人も神にとってはまったく無差別無関心な存在に過ぎないのよ。

p178
いったい神様が秩序を愛し、美徳を愛する者であると誰があんたに証明するの?神様はたえず不正と無秩序の手本をあんたに示しはしなかった?表面いかにも美徳を熱愛しているように見せかけておいて、その実、神様は人間に戦争とペストと飢饉とを送り、どこから見ても欠点だらけな一個の世界をつくったのじゃなかった?神様自身悪徳によってしか行動せず、神の意志と所業とにおいてはすべてが不正と腐敗と罪と無秩序でしかないのに、どうしてあんたは悪徳の持ち主である人間が神様にきらわれると思うの?
それに、あたしたちを悪に引きずり込む衝動は、あれは誰から授かったものなの?神の手から授かったものじゃない?

p179
人は慣れないことにしか後悔を感じないものよ。後悔するようなことがあったら、何度でもやり直してみるがいいわ。
そうすりゃしまいにはそんな感情は消えてしまうわ。それでもだめなら、情欲の炎やはげしい我欲の衝動でこれに対抗してご覧なさい、みるみる影が薄くなってしまうわ。元来この後悔という感情は、罪そのものを表すものではなくて、ただこれを制圧できないほど弱い一個の魂をあらわすものでしかないのよ。